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Rogue Engineer's Diary / やさぐれ日記

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2006-01-05

「読み手のいない文章を書かない」ことについて

本、雑誌の記事、プログラムのドキュメント、報告書、レポート、メモ、そして(このページのような)日記にいたるまで、世にはさまざま な文章が存在する。当初は頭の中にしか存在しなかった考えも、それを文章にすると

  • 他の人がそれを読むことが出来るようになる
  • 時間が経っても後から読むことが出来るようになる

こと(他にもあるかもしれない)によって価値を生むようになる、はず……なのだが、文章 の 読み手がいない限り、そのような価値のいずれも、決して発生することはない。つまり、

読み手のいない文章には価値が無い

と言えるのではないだろうか。こうやって書いてみると当たり前すぎて変な気分でもあるけれどもね。

■「読み手」は誰か

だが、そんなことを言っている僕も実のところ、読み手が存在しないかのような文章をいくつも書いてきたのであった。例えば:

自分でも何を書いているかよく分からない読書感想文
まぁこれは定番ではある。
自分でも何を書いているかよく分からない卒業論文
書いた数ヵ月後に、何かの資料として使おうとしたのだろう、先生が改めて僕の 論文を読んだらしい。人から聞いた話によると、読み直された僕の論文には赤ペンで大量のチェックが入っていたとのこと。恐ろしや。
同じような絵や文章が延々と続く、ソフトウェアの仕様書
新人の頃にやってしまいました。これも定番ではあるが、それにしても……

思い返してみると、いずれの文章も書いた時点では、「その文章を誰が読むのか」を念頭に置いていなかったという点で共通している。そし て、読み手が誰であるかを想定していない文章は、その読み手を苦労させたり、退屈させたり、時間の無駄であったと思わせたりする可能性が高いと言え る。やはり文章を書くに当たっては、まず最初に

「読み手」は誰であるかを意識する

ことが必要であると思うのであるよ。卒業論文ならば想定される読み手は先生であったり、あるいは(現在、あるいは数年後の)後輩であったりするだろうし、ソ フトウェアの仕様書であれば(現在あるいは未来の)同僚、テスト担当者、そしてユーザ、などが読者として考えられるだろう。もしも書いた文章が、それらの 人々にほとんど、あるいは全く伝わらないものであったならば、それを書く意味は恐らく失われてしまうのではないだろうか。それは読み手にとっても、また書 き手にとっても、不幸なことである。

■「書いた本人」が読める文章を

とは言っても、この日記のように、不特定多数の人が読む可能 性のある文章では、読み手が誰であるかを予想することはなかなか難しい(そして、予想できない読み手のことをあまり意識すると、何も書けなくなる) [注:「日 記」というタイトルが付いていても、想定する読者が明確なものもあるが、ここではそういったものは、あえて除外している]。 逆に、紙の上で、あるいはオフラインで書いている日記には読み手など存在しないように見える(そもそも、誰も読まないなら文章の良し悪しなんか関係な いんじゃない?)。だ が、一見両極端に見えるこれらのケースにおいても、実際には「その文章を書いた本人」という共通の読者が存在する、と言う点では一致している。読み手が予想できない、あるいは 存在しないように見える文章については、

書いた本人が読める文章を書く

ことが出来れば良いし、またそうすることが必要なのではないだろうか。

これは下手をすると、「要するに、自己満足できれば何でもいいってことなんじゃないの?」という結論になってしまいそうな話ではある。だ が一方で、大抵の「自己満 足」と いうのは時間が経つと、消えてしまうか、あるいは悪くすると、本人から見てもとても恥ずかしいものになってしまう、というのも確かなように思える。もしも そうならば、 「自分の書いた文章を、時間を置いて判定する」という方法が使えるはずだ。

例えば自分の書いたものを3年後に読み返したとしよう。その時点でもそれが読むに耐えるものであったならば、それは自己満足ではない か、あるいは(百歩譲って)自己満足であったとしても、それはそれで大したものである、と言っても良いのではないだろうか。

ということ で、「書いた本人が読める文章を書く」は、もっと正確に言うならば

書いた本人が読み返せる文章を 書く

とするのが良さそうだ。きちんとした良い文章である必要はない。もしもそれが殴り書きのようなメモであったとしても、本人が後から読み 返して何らかの意味を見出せる限りは、その文章には少なくとも一定の価値が備わっていると、僕は考える。

■最後に

ここに書いたことが、特に新しい考えである、というわけではない。しかし世の中には、さまざまな方法で繰り返し述べる価値がある考え方というのも、きっとあるのだろうし、ここで述べてきたことも、その一つであると思う。ということで、最後にこれを書くきっかけの一つとなった、山形浩生の文章を紹介しておきた い(ちなみにこの文章は"hisashim's Journal"の2005年7月1日のエントリ経由にて見つけたものである)

  わかりやすい文の次のポイント:だれに対して説明しているのかを意識すること。つ まり具体的な想定読者を頭に置くこと。これができていない文があまりに多い。具体的な読み手を持っていないので、往々にして自分一 人のための文章になっちゃうのだ。それじゃダメだ。

(山形浩生 「わかり やすさは、ただの表現技術の問題ではないのだ

上の文章で一点だけ僕が同意しないのは、『往々にして自分一 人のための文章になっちゃうのだ。それじゃダメだ。』というくだり。本当にダメな文章は、読み手のいない文章、つまり他人はおろか、自分ですら読むこと (読み返すこと)の出来ない文章である、と思う次第である。

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# ささだ [身につまされます.... ]

# すぎむし [最後の段落にコメント(最低ラインでないラインだからといって合格ラインとは限らないという点ではなく)。 「ガス抜き」と..]

# すぎむし [自分のコメントの第二段落に補足。意図としては あとで読むつもりのない文章であったとしても、あとになってみたら読み返す..]

# すぎむし [(お名前の字を間違えた!) 福盛さんごめんなさい ]

# 福盛 [> 「ガス抜き」という言葉が意味を転じて多用されていることからも知れるように、 > 「自分のための文章」は、かならず..]

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2006-01-29

[The Yakumo Project] 小惑星探査機「はやぶさ」関連情報の翻訳 ― その1: 11月26日「イトカワ」への着陸

今回は、12月15日のエントリ「The Yakumo Project: 基本的方針(案)と課題」 の最後の方でもすこし話題に挙げた、小惑星探査機「はやぶさ」にまつわる情報の英語への翻訳に関する顛 末について(非常に遅くなってしまったが)書いておくことにする。ちなみに英語への翻訳に関しては、ここで行なわれた以外にも、Unmanned Spaceflight.com上での速報など、いくつもの試みが同時に行なわれており、ここで述べる話はあくまで、そのような試み のうちの一 つについてまとめたものであるということをあらかじめ断っておくこととしたい。

■発端

11月19日に「The Yakumo Project: 日本語ドキュメントを英語圏へ」を書いてからまもなく、さまざまなコメントやトラックバックを頂いたのだが、その中にあったトラック バックの一 つ(3/11追記:ここは僕の勘違い。トラックバックではなく通常のリンクであった。詳細はこちらを 参照のこと) 、naoさんによる 「い ろいろ - The Yakumo Project とはやぶさミッション: 英語圏の人達の期待に応える」の、

ソフトウェアでも宇宙開発でも,英語圏の人達はかなり必死に日本の情報を追おうとしてるのだ.
追記 (2005-11-22): 何しろ,JAXA の中の人の机上のリポ D 空き瓶が増えていくなんてことまでチェックしてるのだ,彼らは.

という一節が目を引いた。小惑星探査機「はやぶさ」が、小惑星「イトカワ」への着陸を試みているということについては、ニュースなどで 間接的に知ってはいたのだが、これが英語圏の人たちの注目を浴びているということ、さらに彼らが、不完全な自動翻訳を 頼りに、このミッ ションを行なっているJAXA(宇宙 航空研究開発機構)の担当者の「机上のリポ D 空き瓶が増えていくなんてことまでチェックしてる」などというのはまったく想像もしていなかったのであった。ということで、少し調査を開始する。

「はやぶさ」に関する(日本語での)情報源としては、JAXA の公式ページも存在しているものの、情報量と速報性から見て本命は「松 浦晋也のL/D: はやぶさリンク」であるようだ。その「松浦晋也のL/D」だが、既に「5thstar_管理人_日記」 にて、11 月20日の記者会見の記 事に関する英訳が行なわれていることが分かった。ちなみに5thstarとは日本人宇宙飛行士である野口聡一氏が選抜されたときの「二 次選抜を受験した40数名の受験生の集まり」 として立てられたページであり、管理人日記の筆者の方も当然ながらそのときの受験生の一人。(当然ながら)翻訳の水準も高い。

ここまで確認したのが11月23日のこと。この時点ではまだ、僕は静観を続けるつもりでいた。

■11月26日

はやぶさが「イトカワ」への二回目の着陸を試みるという11月26日の朝。JAXAのページを見ると、"Hayabusa Live"というページにて、映像による実行中継、そして日本語、英語の両言語によるblogで状況を伝えるとのこと。やはり僕の出 番は無 いかな……と思っている間に、「松 浦晋也のL/D」でも新たな記事が出始めた。

午前6時26分 的川教授登場。

 「午前6時23分にGOとなりました」
(…中略…)
「着地は予定より10分ぐらい遅れるかも。前回に比べると、たった一回を経ただけれども慣れてきた感じですね。これが3回目となると逆に危なくなるのです けれど」
「は やぶさリンク」:最終判断はGO

"Hayabusa Live"はリアルタイムに情報を伝えているものの、上にあるような、プレスルームでの当事者の肉声が伝わると言う点で「松 浦晋也のL/D」の情報は何物にも代えがたい。これは何かやらないといけないのではないかと、気が変わり始める。

もしも5thstar_管理人_日記でも同様に翻訳を行なっていた場合には、そこでの翻訳とぶつかることも心配されたが、「プロジェ クト杉田玄白:趣意書」の 『特にコーディネートは必要ないと思う。同じものにつ いて複数の翻訳があってもいいんだもの。』という言葉を思い出しつつ、まずは英訳された文章を書いてみることにした。

Professor Matokawa came into the pressroom at 6:26 AM.

"We made the GO decision at 6:23 AM."
( .... )
"The landing may delay about 10 minutes. We've gained experience from the last attempt and getting more confidence now - if this were the third attempt, we should have been more cautious of becoming overconfident."

英訳の結果は「松 浦晋也のL/D」のコ メント欄に直接記入する。翻訳に当たっての方針は

  • カバレッジと速報性の両立。当日の全記事について、1時間以内に翻訳を出すことを目標とする。
  • 翻訳の出来は70点程度(合格点をわずかに超えるくらい)にとどめておく。

の二点。そもそも専門用語や人名の下調べもやっていなかったし(例えば的川教授の読みは"Matokawa"ではなく "Matogawa"が正 解)、また(僕の場合)通常、英文を書いた後には5回ほど読み返すところを、早く英文を出すためにこれを2回で済ましてしまうなど、かなりきわどいところ を 狙っていると自覚はしていたのだが、ここまで書いたらもはや引き返すわけにはいかない。まずは近所のコンビニにて朝食とリポビタンDを調 達。食事をとりながら、このまま一日、PCの前に張り付いて翻訳作業をやることをこの時点で決めた。

英訳をおこなった記事の一覧を以下に並べる。なお、リストにある時刻はいずれも、オリジナルの日本語記事がアップロードされた時刻であ り、英訳された時刻はこれらとは若干前後している。

そして小惑星イトカワへの着陸とサンプルの採取に成功した模様であるというニュース。翻訳のほうも俄然勢いが増す。

このあたりから英文への翻訳が本文に反映され始める。

だがその後に「はやぶさ」の姿勢制御が安定しないとの一報が。

■「はやぶさリンク」:午後4時からの記者会見

イトカワへの着陸には成功したものの、離脱後の姿勢制御が安定しない「はやぶさ」は、「セーフモード」と呼ばれる緊急避難用のモードへ 一旦移行し、そこから回復オペレーションを開始するとのこと。午後4時から開始される予定となっている記者会見に向けてこちらも準備を整える。

「は やぶさリンク」:午後4時からの記者会見

……しかし、さすがの僕もこのあたりでは疲労困憊という状況となっていた。記者会見の前 半、状況説明の部分だけをまず英訳し、コ メント欄に書き込む。誰かが引き継いでくれることを期待しつつ、最 後に

Now I'm entering safe-mode myself :)
Thanks a lot, Mr. Matsuura and everybody!

と書いて、後を任せることにした。そのままベッドに寝転がり一息ついたつもりだったのだが、実際には数時間眠っていたようだ。

僕の寝ている間に、記者会見の質疑応答部分の翻訳リレーが始まった。英訳を行なってくれたのは「は やぶさリンク」:Vサインにて翻訳を行なっていたzundaさん、続いて、今回の活動のきっかけとなったトラックバック記事「い ろいろ - The Yakumo Project とはやぶさミッション: 英語圏の人達の期待に応える」を書いたnaoさんである。英訳された記者会見の内容は、

として公開されることとなった。

■(ここまでの)まとめ

今回の「はやぶさ」にまつわる翻訳活動が結果的には"The Yakumo Project"としての最初の活動となったわけであるが、これが実現するに当たっては、

  • 「日本語情報を英語圏に届けるというプロジェクト("The Yakumo Project")をやる」と公言した手前、(良い意味で)引き下がることが出来なくなったこと。
  • "The Yakumo Project"に対する反応によって、英訳に値する情報としてどのようなものがあるかを知ることが出来たこと。
    (これは今後の課題でもある。「The Yakumo Project: 日本語ドキュメントを英語圏へ」へのコメントやTrackbackなどの中から、今回の「はやぶさ」以外にも、さらに手をつけるべき 情報を拾い上げていくことが出来るはずだ)
  • 全ての出来事のタイミングがうまく合わさったこと。11月19日に「The Yakumo Project: 日本語ドキュメントを英語圏へ」を出してからちょうど一週間目の出来事であった。

という三点が特に大きな役割を果たしたのではないか、と思われる。結局のところ、何かやろうとするときに、まず手を挙げてみる、または 声を上げてみるというのは、本人が予想もしないような成果をもたらしてくれる可能性があるということを、身をもって確認することとなった。

さて、「はやぶさ」にまつわる話はまだ終わらない。これをきっかけに新たな共同翻訳プロジェクト"JSpace" が立ち上がることになったのだが、次回はそのお話をすることにしたい。

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福盛秀雄/Hideo Fukumori

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